GOANとの散歩にはトレッキングシューズを履いていた。ところが、2か月ほど前から膝が痛くて、曲げることが難しい。無理に曲げると、膝を悪化する恐れもあるため、トレッキングシューズを履くのをやめた。トレッキングシューズは、膝を思いっきり曲げて、靴紐を靴の前部分で掛け渡していく必要があり、膝の負担が大きいからである。

今は、紐無しの運動シューズを履いている。これだと靴ベラだけで履くことが出来る。膝への負担は皆無である。

ところが来週の旅行に運動シューズを履いて行く訳にはいかないので、その時履く靴を何にするか問題になった。2週間ほど前は、旅行だけはトレッキングシューズを履こうと軽く考えていた。でも、残り1週間を切った段階で、矢張りトレッキングシューズは膝への負担が大きいので、避けたいと考えるようになった。

それで運動シューズに代えてそこそこ見栄えのいい、それでいて紐を結ばなくていい靴を買う必要が生じた。

ネットで検索すると、私の要求を満たす靴として、紐の代わりにマジックファスナーで締め付ける靴が幾つかあった。しかしネットでは、履き心地等分からないので、昨日、京都河原町へ靴を探しに行った。

好日山荘、モンベルと見て歩いたが、マジックファスナー式の靴は陳列されていなかった。あったのは、細い紐を絞る操作をすることで足をホールドするタイプの靴であった。それ以外の選択肢がないので、最後に高島屋のアウトドアグッズを売っているフロアへ行ってみた。

流石、百貨店である。靴紐なしに足をホールドする靴が数種類展示されていた。

その中で、靴紐式の靴だけど、靴紐を邪魔しないところで靴本体が靴上部から斜め下方へ5センチかそれ以上切り込んであり、そこにチャックが取り付けてある商品があった。靴を履くときは、チャックを降ろし靴の口を広げる。そうすると紐をほどかなくても楽に履くことが出来る。履いたら、チャックを上げる。すると靴は足を適度にホールドしてくれる。

店頭で何度か試してみたが、履きやすいし、外観はトレッキングシューズと左程変わらない。

結局、私はこの靴を購入した。今日も試しに履いているが、快適である。わたしが買った靴は、ミズノ製であった。ミズノ以外にヨネックス製のもあった。

高齢化社会になり、膝の痛い方が増えたせいか、靴もこれまでとは異なった新しいタイプのものが開発されているようである。

何年振りかの旅行

今月の22日から7日間、久し振りに旅行へ出かけることとした。長年勤めた仕事を退いたことの記念としてである。

コロナ禍もあり、長年、旅行をしたことが無いので、旅行の必需品の準備が大変である。2月になってから開始したのであるが、旅行用スーツケースを床に広げて置き、持参するべきものを気が付くたびに、バックに入れている。まだ、出発まで20日あると考えてゆっくりと構えていたら、もう10日少々になってしまった。一応、パスポート、ワクチン3回接種証明といった大事なものは整えたのだが、細々とした爪楊枝、薬、カメラ、記録媒体、電圧変換機等々、次から次と必要なものに気が付き、当日までに準備できるか不安になってきた。今週末は、ジックリと腰を据えて準備に取り掛かろうと考えている。

今一つ、決まっていないのは、スマホ、タブレット端末のネット接続方法である。スマホは、simカードを買わなくても、簡単にネット接続できるようであるが、1日当たりの利用料金が高額である。

タブレット端末は、WiFi接続しかできないため、レンタルWiFiルーターを利用する以外ない。でも、それだったら、スマホも同じルーターを介してネット接続すればいいように思う。スマホが海外で簡単にネット接続できるというのは、購入したスマホショップのうたい文句だったので、それを利用したかったのだが、タブレット端末用にレンタルWiFiルーターを借りるので、スマホもそれを利用しようと考えている。

まだ、レンタルの申し込みをしていないので、今週中には完了する必要がある。

心配なのは、電圧変換機が1台だけである点だ。女房と私のスマホが2台、タブレット端末1台、カメラ2台 計5台の電気製品の充電に間に合うだろうか?もう一台電圧変換機を購入すべきだろうか?

色々と心配なことが次から次へと湧いてくる。

 

 

今年初のお言葉

寒波以来、気温が低くて、積もった雪がなかなか解けなかった。あれから1週間が経過するので、そろそろ道路の雪も溶けただろうから、思い切って遠方まで足を延ばし、毎月お言葉を掲示する神社へ行ってみた。

 

 

予想通り、雪は殆ど無くなっていた。そして、掲示板には新たなお言葉が掲載されている。

 

上の写真は、お言葉を拡大表示している。

お言葉の中の「いま」は、未来との関係で察するに、「今」を意味している。未来と今は、時間の関数で関連しているからである。

それでも、お言葉の意味するところが分かり難い。

「未来とは今である」が内容であるが、未来と今は時点が異なるので、素直には信じられないお言葉である。

無理に解釈すると、「今」は、一瞬であり、時間の長さはゼロである。でも、前の「今」と次の「今」とは、時刻が異なる。つまり、「今」は、時間変数であり、それは、未来に向かって進む一方向関数である。一方、「未来」は、「今」より先のある時点をさす。ただ、時間の経過により、そのうち「未来」であった時点が「今」になる。

お言葉の「未来とは今である」というのは、上のように未来であった時点がそのうち今になる、ことを捉えて表現したのではないだろうか?

でも、それがどうした?という疑問がわく。どうもここの住職は、謎かけが好きなのか、読み手に???という疑問を投げかけるだけで、教えを乞うている感じがしない。

住職のお言葉の限界が見えてきたし、あまり期待できるものはないようだ。今年は、この神社のお言葉から卒業しよう。

 

Top