4月から

退職して3か月が過ぎた。毎日、別に働く必要がないので、ボーッとしている。ただ死ぬまでこんな状況を続けるのは、如何にも脳の無いことなので、何か知識欲を満たすことはないか、考えていた。

在職中は、英会話が出来ないので、不便を感じていた。それで、英会話教室でも通おうかとも考えたが、英会話が出来ても今後不便に思うこともないだろうと思い、選択しないこととした。

知識欲を満たすか否かとは関係なく、スポーツをしたり、俳句、短歌、川柳などを習うことも考えたが、それほど頑張らなくても、これらはやろうと思えばやれるような気がして、喫緊の課題ではないと考えた。

いろいろ検討していたが、最後に残ったのが、コンピュータプログラムをプロ並みに習得することだ。

それで、母校へ履修要領を見に行ったら、丁度、聴講生の募集をしていた。早速4月から始まる前期科目を閲覧し、聴講を検討した。

科目は理工系科目なので、基礎科目を履修していないと、その発展科目が履修できないシステムになっている。それで、止む無く基礎科目を履修することとした。

まだ、履修できることが決定した訳ではないが、今は、教科書を購入し、自宅でプログラムの予習をしている。

結構こうやって勉強するのは面白いものである。

今更、プログラムなんて学んでも、役に立たないじゃないかと思うが、この分野の知識が不十分なので、学ぶことが面白いと感じる。

ペットのホテル住まい

ギリシャ旅行へ出発してからもう1か月が経過した。機中泊を含めて7泊8日の旅行だった。それに日本へ帰って来て羽田で一泊したので、自宅を留守にしたのは8泊になる。

その間、GOANはホテル住まいをしていた。ただ、日中は自宅へ連れてきてもらい、庭に放していた。四六時中ホテル住まいをさせると、ストレスが溜まり可哀想だからである。

GOANが自宅の庭へ放されていることはライブカメラで確認していた。庭に放しておくと、慣れた処なので安心していると考えた。ところが、6泊目ぐらいからGOANが庭で、泣叫んでいるのをカメラを通じてみた。可哀想で見ておれなくなり、カメラを切った。私は旅行を終え、すぐにでも帰りたいと思った。でもそれは出来ないので、自宅へ帰るまでの間、GOANの無事を祈っていた。

旅行を終え、ホテルまでGOANを迎えに行ったら、今までにないほどの喜びようだった。体調を心配したが、異常はなかった。

自宅へ帰り、近所の方にお土産を渡しに行ったら、旅行中、寂しそうに泣いていたと仰っていた。そして、何度か門の前に来てGOANに声をかけて頂いたようである。多少はGOANの気が紛れたのだろう。

GOANも年なので、もうあまり長期間ホテル住まいをさせることは可哀想である。今後は長くても5,6日の旅行にとどめておこうと自分に言い聞かせた。

記載漏れ

ギリシャ旅行のブログ記事を終了したと一安心していた。その記事を何度か読み返している際に、1日分の記載が抜けているのに気が付いた。

アテネで2泊したのに、ブログでは1泊しかしていない記載になっている様だ。1泊目の翌日は、ミケーネ遺跡を探検してきた。2泊目の翌日はアテネ市内の観光と自由散策である。

ギリシャ旅行は、遺跡探検が主で、というか、遺跡探検ばっかしで、後の探検になるほど、前の探検の内容の繰り返しとなり、それを避けようとすると、勢い記載事項が無くなってしまう。

ミケーネ遺跡は、その前のデルフィ遺跡の繰り返しが多く、写真は異なるものの記事が類似するため、記載内容の検討に時間が掛かった。それでも、記載したつもりだったが、今読んでみると、スッポリと抜けている。記憶によれば、ミケーネ遺跡は、単独のページにせず、アテネ観光と同一ページに纏めるつもりであったと思う。

ギリシャ旅行の記憶が無くなる前に、ミケーネ遺跡の記事も追加しようと思う。

 

ミケーネ遺跡⇒ナフプリオ⇒アテネ(⇒出国)

ミケーネ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナフプリオ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アテネ

アクロポリス遺跡の入り口の門を入ったところ。

 

イロド・アティコス音楽堂を見下ろしながら上へ上へと登ってゆく。

 

ブーレの門をくぐり、プロピレア(前門)に達する。

 

アクロポリスの丘から眺める市街。

 

エレクティオンという建物。

 

アクロポリスの解説

 

エレクティオンの拡大写真。手前角に見える5体の少女像が有名らしい。いずれも複製で、本物はアクロポリス博物館と大英博物館にあるそうだ。

 

有名なパルテノン神殿である。

 

アクロポリスの丘から眺めた市街その2。小高い山がみえる。ここもなにがしかの建物が建っている。

 

 

 

アクロポリスの丘から見下ろしたところにあるディオニソス劇場

 

 

アクロポリス博物館内である。沢山遺物が陳列されてる。その一部を掲げる。

 

 

 

博物館の見学を終え、ここから3時間の自由時間が与えられた。市内を歩き回っている。

 

ガイドさんに紹介されたレストランで食事をする。ビックリするほど味が良かった。流石、現地人は美味しい店をよく知っていると感じた。

この後、集合して帰国の途についた。

デルフィ⇒アラホヴァ⇒アテネ

宿泊したホテルは山の中腹の傾斜地に建っていた。傾斜はかなり急こう配であった。そのため、ホテルは1階にエントランスがあるが、上にはなく、下に向けて2階、3階、4階…というように建てられている。2階以降の呼び方も、マイナス2階、マイナス3階というようにマイナスをつける。勿論マイナス階は、地中に存在することになる。

 

ホテル近くの眺めのいい所から下方を見た写真。樹海が広がっている。

 

デルフィ博物館、遺跡は博物館近くから山の上の方向に広がっている。

 

博物館内の陳列物。いずれも、近くの遺跡から発掘されたものだ。

 

 

 

 

 

デルフィ遺跡

 

 

ガイドさんはアゴラと言っていたように記憶している。アゴラとは集会所という意味らしいが、古代ではもっと広く、政治、宗教、文化的施設が集中していた場所を意味したようである。

 

遺跡の数々。

 

博物館、遺跡の見学を終わって、昼食に訪れた町、アラホヴァである。

地球の歩き方といったガイド本の地図には掲載されていない。取り立てて遺跡が無いせいだろう。しかし、上の写真や下の写真に見られるように、街並みの景色はギリシャで一番美しいと感じた。

 

 

 

アクロポリスの丘に建つパルテノン神殿である。ある意味ギリシャの象徴かも。

 

アテネで用を足したトイレである。便器の高さが異常に高い。私も利用できなかった。背の低い人はとても使えない。日本人の場合、多くの人が使えない。

夜景に映えるパルテノン神殿。夜は見晴らしのいいレストランへ行き、パルテノン神殿を見ながら食事をした。ただし、客が多く、音楽がうるさいので、リラックスは出来なかった。

カラムバカ ⇒ メテオラ ⇒ デルフイ

 

中央前面に見える建物は宿泊したホテルである。ホテルを出発してメテオラ奇岩頂上に向けて出発する。

 

 

メテオラ市内の道路。道路の端には多くの自動車が1列に並んで駐車している。この現象はメテオラだけでなく、アテネでもギリシャ内の都市は殆ど全て同じである。お陰で、車の通行できる幅が狭くなっている。

ギリシャには、駐車場が無いらしく、すべての車が建物の前の道路に駐車している。

メテオラ奇岩群の頂上に向けてバスを走らせているところ。

 

下から走ってきた道路が遠くに見える。奇岩を取り巻くように走るので、カーブの連続である。

 

走行途中、遠くの山が見えた。いっぱい雪を被っている。

 

奇岩の上に立つ教会である。こんな建物が沢山ある。

 

メテオラ奇岩の上から市内を見下ろす。この市内の中央部分に私たちの宿泊したホテルが見えるらしい。ガイドさんがそう言っていた。

 

大きな教会である。アギオス・ステファノス修道院である。

 

建物が建っていない奇岩もある。

でも、何故わざわざ奇岩の上に教会をたてようと考えたのであろう。現代の技術をもってしても、奇岩の上に建物を建てるのは大変なのに。昔はそれ以上だったろう。

「地球の歩き方」の解説を引用する。この地に最初に人が住み始めたのは9世紀ころらしい。人里離れた山奥で神との交信を求めるのが目的だったようである。14世紀にセルビア人がテッサリア地方に侵入してくると、大勢の修行者たちが戦乱を逃れてメテオラへやって来て共同生活を始めたようである。

奇岩の上に建物を建てるまでの説明にはなっていないが、奇岩にやってきた説明にはなっている。奇岩の上に建物を建てるのは左程難しくないのだろう。

 

 

 

 

教会へ登る途中の橋である。奇岩と奇岩の間にかけ渡してある。橋の下は深い谷間である。

 

教会に入ると神父さんが来て、みんなと一緒に写真撮影に応じてくれた。

 

奇岩群の観光を終わり、下降中。多分来た道と同じではないと思うが、若しかしたら同じだったかも。

 

メテオラ奇岩から降りて、昼食をし其処から時間ほど走って到着したデルフィである。ホテルの部屋から撮影している。細い道路の脇に車が一列になって駐車している。お陰で道幅が狭くなり、後続車は走りにくいと感じる。

 

ホテルの夕食のスープである。

 

スープの後に出てきたメニュ。きし麺のような扁平なスパゲッティと鶏肉である。味はそこそこだったかな?

 

 

 

 

デルフィの街並み。道路には夜間も駐車しているようだ。なお、写真に記されている日付は日本の日付である。現地とは7時間異なるので、若しかしたら日付も異なっているかも。

テッサロニキ ⇒ カラムバカ

テッサロニキは奇麗な街並みの都市であり、その年の中に古代建築物が沢山あった。

 

 

ガレリウスの凱旋門である。ローマ軍とササン朝ペルシャ軍の戦いでのローマの勝利を記念して建てられた凱旋門である。

 

中央の丸い建物はロトンダ。ガレリウス皇帝の霊廟として建設されたものらしい。その後、キリスト教の教会に改造された。そのため聖イオルギウス教会とも呼ばれるようだ。

 

市内にある道路標識。

 

テッサロニキ市内の景観。

 

アオギス・ディミトリオス教会である。ギリシャ最大の教会らしい。

 

教会内の礼拝堂。

 

ローマ時代のアゴラ

 

テッサロニキの港近くにあるホワイトタワー。15世紀にヴェネツィア人が築いた防壁の一部らしい。現在はビザンチン博物館として利用されている。

18~19世紀のトルコ時代は、牢獄として用いられていた。そこで大量の殺戮が行われたため「血塗られた塔」と呼ばれていた。後に塔の表面が白く塗られ、公園として整備された(ホワイトタワーの由来)。

港の風景。きれいな街並みが海の際まで迫っている。

 

近くの公園に植わっている高木。きれいな樹形をしている。

 

アレクサンドロス大王の騎馬像である。

 

公園内に設置された収納庫。誰かが全面に絵を描いている。その絵が奇麗である。

 

旅行中、利用したバスである。

 

宿泊地カラムバカから望むメデオラの奇岩である。

 

ギリシャ

コロナも一段落した気配だし、仕事の一区切りを記念して、旅行へ行ってきました。

古代遺跡に興味があり、まだ行ったことのない国、ギリシャをターゲットとし、7泊8日の見学旅行へ行ってきました。

今回はその概略説明です。

日本からギリシャまでの距離は約9000キロ弱。しかも、直行便はなく、乗り継ぎになる。私たちはイスタンブールで乗り継ぎ、ギリシャへ渡った。

この時期、まだ大阪からのギリシャ旅行のパックは無く、仕方なく、東京からのパック旅行に参加した。ギリシャまでの飛行時間が長く、そのため、実際にギリシャ国内の見学は 4日と半日くらいである。

【往路】 京都 ⇒ 東京(新幹線)

東京 ⇒ 羽田(山手線、モノレール)

羽田 ⇒ イスタンブール空港(乗り継ぎ)⇒テスタロキニ空港

先ず、東京(羽田空港)からトルコ(イスタンブール空港)までは、14時間近くかかる。イスタンブール空港で3時間ほど費やしたのち、ギリシャ(テッサロニ空港)まで、1時間半の飛行で到着した。到着時刻は現地時刻で8時半。ちなみに、東京発時刻は22日午後11時半の予定だったが、実際は23日1時半になった。テッサロキニキ着は、23日午前8時半(予定)である。ギリシャと日本の時差は7時間あるので、ギリシャ到着時の日本時刻は午後4時半である。

【2日目】

テッサロニキ市内観光を1時間半ほどして、宿泊地のカランバカへ3時間半のバス移動。移動後、ホテルにて宿泊。

【3日目】

カランバカの近くにある世界遺産メデオラを3時間ほど見学し、デルフィまでバス移動(3時間)。

デルフィのホテルで宿泊。

【4日目】

世界遺産デルフィ古代遺跡と博物館を見学する(約3時間)。その後、アテネまでバス移動(約3時間)。移動後、アテネの見晴らしのいいレストランで夕食を食べ、その後ホテルにて宿泊。

【5日目】

エーゲ海クルーズを予定していたが、海が荒れ模様であり、中止になり、急遽ミケーネ遺跡の見学に切り替えた。ミケーネ遺跡まで移動途中に、運河を見学する。見学後アテネ市内に戻り前日宿泊のホテルで最後の宿泊をする。

【6日目】

アテネ市内の世界遺産アクロポリスの丘、博物館、スタジアム等々を見学する。後、3時間ほど自由時間があり、午後4時半にバスにてアテネ空港へ向かう。

【復路】 アテネ空港 ⇒ いスタンブル空港(乗り継ぎ) ⇒ 羽田

羽田のホテル泊

東京 ⇒ 京都 (新幹線)

復路は、午後9時ころにイスタンブール空港へ向けて出発し、翌3月1日午前1時50分に日本へ向けて出発。勿論機内泊である。羽田空港までは約11時間かかり、到着は午後9時であった。

これで旅行は終了したが、当日、私たちは自宅まで帰ることができないので、羽田空港近くのホテルに宿泊し、翌日早朝の新幹線で帰宅する。

以上が、ギリシャ旅行の概略ガイダンスである。

なお、写真は、アクロポリスの丘にあるバルテノン神殿の夜景である。最後の宿泊日に見晴らしのいいレストランから撮影した。

≪メモ≫ ギリシャの通貨  ユーロ 2月末時点で1ユーロ=147円

ギリシャの面積  北海道と九州を併せた程度の面積

人口       1000万人程度

商用電源     220ボルト

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