カラムバカ ⇒ メテオラ ⇒ デルフイ

 

中央前面に見える建物は宿泊したホテルである。ホテルを出発してメテオラ奇岩頂上に向けて出発する。

 

 

メテオラ市内の道路。道路の端には多くの自動車が1列に並んで駐車している。この現象はメテオラだけでなく、アテネでもギリシャ内の都市は殆ど全て同じである。お陰で、車の通行できる幅が狭くなっている。

ギリシャには、駐車場が無いらしく、すべての車が建物の前の道路に駐車している。

メテオラ奇岩群の頂上に向けてバスを走らせているところ。

 

下から走ってきた道路が遠くに見える。奇岩を取り巻くように走るので、カーブの連続である。

 

走行途中、遠くの山が見えた。いっぱい雪を被っている。

 

奇岩の上に立つ教会である。こんな建物が沢山ある。

 

メテオラ奇岩の上から市内を見下ろす。この市内の中央部分に私たちの宿泊したホテルが見えるらしい。ガイドさんがそう言っていた。

 

大きな教会である。アギオス・ステファノス修道院である。

 

建物が建っていない奇岩もある。

でも、何故わざわざ奇岩の上に教会をたてようと考えたのであろう。現代の技術をもってしても、奇岩の上に建物を建てるのは大変なのに。昔はそれ以上だったろう。

「地球の歩き方」の解説を引用する。この地に最初に人が住み始めたのは9世紀ころらしい。人里離れた山奥で神との交信を求めるのが目的だったようである。14世紀にセルビア人がテッサリア地方に侵入してくると、大勢の修行者たちが戦乱を逃れてメテオラへやって来て共同生活を始めたようである。

奇岩の上に建物を建てるまでの説明にはなっていないが、奇岩にやってきた説明にはなっている。奇岩の上に建物を建てるのは左程難しくないのだろう。

 

 

 

 

教会へ登る途中の橋である。奇岩と奇岩の間にかけ渡してある。橋の下は深い谷間である。

 

教会に入ると神父さんが来て、みんなと一緒に写真撮影に応じてくれた。

 

奇岩群の観光を終わり、下降中。多分来た道と同じではないと思うが、若しかしたら同じだったかも。

 

メテオラ奇岩から降りて、昼食をし其処から時間ほど走って到着したデルフィである。ホテルの部屋から撮影している。細い道路の脇に車が一列になって駐車している。お陰で道幅が狭くなり、後続車は走りにくいと感じる。

 

ホテルの夕食のスープである。

 

スープの後に出てきたメニュ。きし麺のような扁平なスパゲッティと鶏肉である。味はそこそこだったかな?

 

 

 

 

デルフィの街並み。道路には夜間も駐車しているようだ。なお、写真に記されている日付は日本の日付である。現地とは7時間異なるので、若しかしたら日付も異なっているかも。

テッサロニキ ⇒ カラムバカ

テッサロニキは奇麗な街並みの都市であり、その年の中に古代建築物が沢山あった。

 

 

ガレリウスの凱旋門である。ローマ軍とササン朝ペルシャ軍の戦いでのローマの勝利を記念して建てられた凱旋門である。

 

中央の丸い建物はロトンダ。ガレリウス皇帝の霊廟として建設されたものらしい。その後、キリスト教の教会に改造された。そのため聖イオルギウス教会とも呼ばれるようだ。

 

市内にある道路標識。

 

テッサロニキ市内の景観。

 

アオギス・ディミトリオス教会である。ギリシャ最大の教会らしい。

 

教会内の礼拝堂。

 

ローマ時代のアゴラ

 

テッサロニキの港近くにあるホワイトタワー。15世紀にヴェネツィア人が築いた防壁の一部らしい。現在はビザンチン博物館として利用されている。

18~19世紀のトルコ時代は、牢獄として用いられていた。そこで大量の殺戮が行われたため「血塗られた塔」と呼ばれていた。後に塔の表面が白く塗られ、公園として整備された(ホワイトタワーの由来)。

港の風景。きれいな街並みが海の際まで迫っている。

 

近くの公園に植わっている高木。きれいな樹形をしている。

 

アレクサンドロス大王の騎馬像である。

 

公園内に設置された収納庫。誰かが全面に絵を描いている。その絵が奇麗である。

 

旅行中、利用したバスである。

 

宿泊地カラムバカから望むメデオラの奇岩である。

 

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