What name is this flower?

早朝の散歩をしていて、珍しい花を見つけた。

道路際にある網のフェンスに巻き付いている蔓性の植物だ。

その蔓の先に下の写真のような花が咲いている。花びらが白の部分と紫の部分とが交互に並んでいる。その花びらが沢山放射状に開いている。

中心にはオシベかメシベのようなものが上方へ伸びている。この花の名前が知りたい。誰か知っている方がいらっしゃったら、教えてください。

花の近くには、まだ開いていない蕾とか、葉っぱがある。

下の写真は、上の花を斜め上から俯瞰したものである。

花の模様から、国産の花ではないように思える。インドかアフリカのどっかの暑い国に咲いている花なのかな?

 

 

 

上の写真は、レウコフィラムという蔓性の植物である。今年の春まで、大きな樹の下に植えていた。日光の日当たりが悪いので、植え替えたところ、途端に成長し始めて、たくさんの葉をつけた。毎日見るのが楽しみな草である。説明書きによると、高さ1mかそれ以上になるそうである。でも中々伸びない。

 

散歩途中の道路際の家に咲いていたアジサイである。ピンク色を越して赤色をしている。アジサイは土壌が酸性の場合、青色の花を咲かせ、アルカリ性の場合赤色の花を咲かせるそうだ。写真の花は赤色でも濃いので、高いアルカリ性の土壌に生えているのだろう。

日本では、土壌は弱酸性で、雨水も弱酸性なので、どんどんと酸性の度合いが高くなるそうである。なのに、写真のアジサイの生えている土壌はアルカリ性である。多分、近くの住人が意図的にアルカリ性を高く調整しているのだろう。

Happy Birthday!!!

昨日、マイブログを見ていたら、GOANのコラムに「お誕生日おめでとう」とメッセージが掲載されていた。

すっかり忘れていたのだが、昨日(6月19日)は、GOANの誕生日だ。昨日で、満11歳になった。

お祝いも買っていないので、GOANの体をさすり、オメデトウを何回も言っておいた。GOANは分かったのか分から無かったのか知らないが、喜んでいた。

初代のボーダーコリーGUMPが7歳10か月で亡くなったので、その後飼ったボーダーは初代のボーダーの生存年齢を越すことが一番の目標だった。2代目(MIR)、3代目(GOAN)とも、目標達成した以上に10歳を越えて生存していてくれる。

感謝、感謝である。11歳になると、流石往年の素早さは無いが、それでもボーダー特有の歩き方はしており、仕草も可愛い。

毎日、GOANに癒されている。GOANも私をボスと思っており、2人で息の合った生活をエンジョイしている。

何時までも長生きをして欲しいといつも切に願っている。

新商品?

フロントガラス用サンシェードである。

でも、見慣れたサンシェードとはどこか違う。

つい2,3日前にテレビのコマーシャルで見た、傘を開くようにして開閉できるサンシェードである。

折り畳みや開く操作が簡単で、欲しいなと思ってTVCMをみていた。

ところが、その商品を、先日釣りに宮津へ行ったときに、既に装着している車を発見した。

傘を開くと、フロントガラスを覆う四角形に展開する。だから、運転席で傘を開き、フロントガラスに傘を押し付ける。傘の柄は室内に伸びていて、運転席と助手席の間の小物入れなどに挿入し固定する。

傘の大きさが適切なら、写真のように、フロントガラスをほぼ蔽いつくす。畳む際も傘の折り畳み動作で一挙に行え,大変便利である。

 

 

サンシェードに近づいてみた写真である。今度、自動車パーツの店に行ったら、探してみよう。操作性が良いのでぜひ買ってみたい。

小京都散策

小京都という町は、日本全体に沢山ある。ここ兵庫県豊岡市内の出石も小京都と呼ばれているようだ。古い町並み、伝統産業で栄える町、といったところからそう呼ばれるのかも・・・。

6月16日、学生時代の友人3人と、釣り前日に但馬地方を回って楽しんだ。

 

 

出石の町のシンボル的存在の時計台である。

 

時計台の下に池があり、その周りに蕎麦屋さんが2軒ある。そのうちの1軒に入り、椀子そばを食しているところ。出石は蕎麦屋が多いので、その蕎麦はどこで作られているのだろうか、出石の周りにはソバを作っている畑など存在しないようなので、店の人に尋ねてみた。

答えは、日本のいろんな地方から購入しているそうである。今年は福井地方のソバを使っているようだ。出石ソバといっても、産地ではなく、そばを食べるところという意味だ。

椀子は5枚が最小単位で800円か900円だった。味は良かった。なにより、出石の街並みと蕎麦が合うのだろうか、景色を見ながらゆっくりと食すことができる。

前の池には、大きな鯉が一杯泳いでいる。人が近づくと寄ってくる。餌付けされている。

 

出石城に至る階段。出石城自体は車道から30~40mの高さにある。でも元々は山頂にあったようだ。それを麓まで移築したそうである。

 

昼食を済ませたのち、出石の近くにある玄武洞という名所へ向かった。ボートは対岸の山陰線の玄武洞駅から玄武洞まで渡してくれる渡し船である。

 

玄武洞である。初めての方は、洞という文字から、洞窟の中に入ることができると想像するようだ。残念ながら、人が入る洞窟は無く、洞を形作っている岩が珍しいのである。

私が最初に行ったのは、40年ほど前で、その時は、写真の洞だけであったが、この間訪れたときは、4個もあった。各洞は階段又は小径」で繋がっている。

 

玄武洞は見学者も多く、専任のガイドもいた。

 

他の洞窟へ行く途中の階段。

 

洞窟の見学を終えて、船着き場まで戻ると、お土産屋さんがあり、但馬地方の特産品が沢山販売されていた。

面白いことに、商品の価格が10分の1円の単位で売られていた。でも、1円未満の硬貨は存在しないので、購入する際に切り捨てて計算するようである。何のために、そんな煩わしいことをするのだ???

外国人が外貨で購入できる便宜を図っているのだろうか?疑問に思って店員に尋ねてみたが、要領のいい答えは返ってこなかった。

 

 

初釣り?

6月10日(土)、今年の初釣りだ。ここまで遅い初釣りは初めてである。

今年は、船検に時間が掛かり、3月から5月初めまで費やした。色々パーツを交換したりもしたようだ。

予定では、6月3日に初釣りだったが、台風2号のため、中止になった。

釣り場所は新井崎沖の20番あたり。水深が80mある。そこから流し釣りをした。結構長時間流し続けた。蒲入の沖合近くまで流していた。当日は、風も波も無く、極めて釣りやすかった。

但し、魚は、レンコダイが殆どで、その他、エソ、カワハギ等。

写真に写っているのは、知り合いのK氏である(K氏からは、顔写真をそのまま掲載しても構わないと許可を得ているので、ボカシ無しで掲載します)。

仕掛けは、餌釣りと鯛ラバを用意したが、写っているのは餌釣りだ。おもりは80号~100号を使った。鯛ラバは、錘120g。

私はタイラバ釣りをしていたが、さっぱり当たりが無く、途中から餌釣りに変更した。餌釣りだと、レンコダイのオンパレードである。

でも、当たりが頻繁にあるので楽しませてくれる。

今週末も、別の知り合いとここ宮津まで釣りに来る予定だ。今度はどんな仕掛けで挑もうか?

四方山話

四方山話=世間話と考えて、最近のトピックを書いてみる。

住んでいるところが団地である。団地は複数の小さなグループ(…台、…台というグループ)に分かれている。そして各グループは複数の組からなっている。各組は複数世帯からなっている。

そして、各組とも、世帯順に組長が選出され、1年間組長として組内世帯への連絡係りを務めることになっている。これは団地ができて以来、守られていて、各世帯とも嫌々ながら引き受けている。どうしても、その年の都合で、組長を務めるのが難しい場合は、組内の他の世帯の方に代わってもらうことができるが,代わってもらった世帯の方の組長番の時、自分が組長として勤める必要がある。

ところが、最近、それまでの組長のルールとは異なるルールが勝手に特定の世帯で実施された。どんなルールかと言えば、2世帯で1年間組長を務めるというルールである。組長のルールとして成文化はされていないが、組長は1世帯が1年間務めるというのが暗黙の了解だった。

だから、長年住んでいる者にとって、2世帯で1年間組長を務めるということは、なんとも理解しがたいのである。

2世帯で2年間組長を務めるのであれば、論理的一貫性は認められるが、2世帯で1年間組長とは、それまでの暗黙の了解ルールとの整合が取れないのである。

話はこれで終わりではない。2世帯で1年間組長を務めた当の本人が、翌年の組長への引継ぎ時点で、翌年の組長全員の前で、「2世帯で組長を務めた、問題があるなら、言って欲しい」と述べたらしい。その時、誰も異を唱えなかったので、了解されたものと理解し、平然と1年間だけ2世帯で組長を務め終えたらしい。

私はこのことを聞いて、2世帯で1年間組長を務めた人は、組長の法的性格をどう理解しているのか疑問に思った。どうも、組長は組の代表と考えているとしか思えないのである。

しかし、組長は毎年、順番に別の世帯の人が務めることになっており、組内で選挙して多数決で選ぶわけでない。単に、順番に回っていくものである。しかも、組長の仕事と言えば、回覧板で連絡事項を回したり、集金したりする、連絡係、御用きき係でしかない。だから、とても組の代表者としての性格は備えていないといえる。

組長の性格がこのように連絡係的なものであれば、翌年の組長全員が何も異を唱えなくても、それで、自分たちのやったルール無視の組長が組内全世帯に認められたという理由にはならない。

でも、問題の組長であった人は、翌年の組長から異論がなかったので、組全体で了解されたと思っているようなのだ。論理的破綻もここまでくると、間違いを指摘するのも馬鹿らしくなる。まさか、こんな考えの人が近くに住んでいるとは驚きである。こういうことが起こったのは、組長の性格、役割が全世帯で統一して了解されていなかったからである。何時の日か、組長会議、もしくは自治会で協議して組長の法的性格を明らかにする必要があると思う。

今日は、少しぼやきが入ってしまった。

 

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