第7波

新型コロナウイルスの第7波に突入した。京都府は昨日の新規患者数が5000人を突破した。大阪は2万人を超えているし、関西では新規感染者数はこれまでの最高に達した。

関西のマスコミでは、老人は、緊急の用事が無ければ街に出歩かずに、自宅にいるようにしてくださいと、呼びかけている。

私は連日京都・大阪間を行き来しているが、通勤電車は、殆ど平常時の混み具合に戻り、乗客の誰も、ちっとも第7波を怖がっているようではない。

私も、ウガイ、手洗い、マスクを必ず励行しているので、感染の恐れを感じない。

ところで、今回の第7波において、とうとう身内でコロナ感染者が出た。私と同居はしていないので、私は安全圏である。今回は、その時の顛末を書いてみた。

身内は、現在、熊本で夫婦と2人の子供の計4人で暮らしている。子供は長男と次男で、いずれも小学生である。

熊本では新規感染者が急増していて、小学校でも感染者が結構発生していたようである。

ある時、次男が小学校で感染したようで、本人は感染に気付かず、そのまま自宅へ帰り、普通の生活をしていたようである。

何日か経って、容態がおかしいと他人に指摘されて熱を測ると、高かったようだ。それで、母親が学校でコロナが頻繁に発生していることを知っていたので、コロナに感染したと理解したようである。この時点で、次男だけでなく、長男、父、母全員に感染が広がっていて、検査したら全員陽性になったようだ。

幸い、全員重症ではなかったので、自宅で療養することにしたそうだ。ただ、父は仕事もあるので、ホテルを予約し、単身でホテル住まいをしたようである。勿論職場には行かず、ホテルで缶詰め状態だったようだ。

残り3人は、自宅で生活した。大体1週間はこういう生活が続いたようだ。

自宅で休めるのだから、結構よさそうに思うが、実は、3人交互に発熱し、看病が必要であるのと同時に、食事の調達が大変だったようだ。誰も、食事を作ってくれないので、母親が市内のスーパーへ毎日買い出しに行ったようである。出来るだけ調理の必要のない物を購入したそうだ。

それでも、発熱していると、味覚が無くなり、食事が喉を通らなかったようである。熱が高いときは、ミカンの缶詰でしのいでいたようである。発熱は3,4日で収まったが、味覚は長く続いたようである。

全員の熱が下がり、食欲も大体回復するのに10日近くかかったそうだ。

その間、保健所にも、病院にも行けず、薬としてトンプクを飲んでしのいだとのことである。

現在、第7波の感染者急増期間にあるので、保健所も病院も、重症者すら手が回らず、軽症者は全く放置状態である。

軽症者でも、途中から重症化する恐れがあるが、本人から連絡があるまで全く放置状態である。

今回、感染した4人は若く、比較的軽症だったので良かったが、重症化したら、どうなったのかと考えると、ゾッとする。保健所、病院、或いは自治体等、第3者が監視する体制を取らないと、助かる人材が助からなくなる恐れが高い。

以上、コロナ感染の経過説明でした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Top