昨日の答え

昨日の問題の答えは、「熊本」でした。

1枚目の写真は、熊本駅の西側出口にあるコンクリートの庇に特徴がある。庇の一部を半円形にくり抜いて、下から上空が見えるようになっている。そして、写真では円形の孔から建築中のビルが見える。熊本駅周辺は何年か前から開発されていて、高いビルが沢山建っている。写真で見えているビルは建築中の新しいビルである。

2枚目の写真は、庇の下に建っている像で、「おてもやん」と書かれている。おてもやんは熊本民謡であるらしい。

3枚目の写真はJR鹿児島本線の熊本駅から写した風景。電車は赤く、人気があるかも。

4枚目の写真は、熊本城です。姫路城は白く、熊本城は黒いので知られています。

兎も角、正解は、熊本でした。

実は、先週金曜日~日曜日まで、熊本へ行ってました。現地は気温が高かったです。おそらく、こちらより、3℃ほど高いと感じました。

ここは何処?

長らくお休みしてました。中々題材が無くて、ついつい更新がおろそかになっていました。

さて、今日は、タイトル通り、場所当てクイズです。

写真を見て、都道府県名を当ててください。超難問です。1枚目で当たったら偏差値70以上です。当たる確率は、1/46≒0.02 です。都道府県数(46)の中の一つだから確率はこうなります。

 

一枚目の写真で分からなければ、2枚目の写真も併せて考えてください。分かりますか? 建っている像がヒントです。これで分かれば、偏差値55~60程度です。

 

上の2枚の写真で分からなければ、3枚目の写真も見てください。鉄道マニアの人ならわかるかもしれません。マニアでない方には意味のない写真です。

 

4枚目の写真は大ヒントです。特に、写真内左端に写っている建物、工事中であるようです。それに、お城が黒いこと。

これ以上のヒントはや今は控えておきます。次回、回答を掲載します。

アレレッ台風の進路が!!

8月24日、急遽、熊本へ行くことになりました。

娘夫婦が大阪へ急に出かけなければならず、その間、孫達の面倒を見て欲しいと言うからである。急なので、台風10号が心配だったけど、九州へは進路が向いていないので、兎に角出かけた。

 

新大阪駅で九州新幹線「さくら」に乗り、出発。

 

3時間ほど乗ると、新鳥栖駅である。次は「熊本」である。3時間半の長旅である。ただし、料金はJRの会員になっているので、4割引きとめちゃ安である。

 

翌日、孫の一人が入っているサッカークラブの大会が催された。今戦っているのは、両チームとも小学校4年生ばかりである。熊本はスポーツが熱心で、各学年ごとにサッカークラブが沢山あり、学年単位で戦うそうである。

この日は、午前中に、下位チームの戦い、午後は上位チームの戦いがあった。孫は午前中の部である。でも、よく戦って、下位チームの2番になったようだ(4年生の部の2位)。

戦いが終わり、孫たちと昼食を取り、帰路に着くや否や、凄い雷に、にわか雨にあった。

帰路の途中の道路の様子である。道路の側溝から水が吹き出していた。勿論、道路は10cm以上浸かっていた。この先どうなるのだろうと心配したが、被害は局所的で、孫の自宅近くは全く降っていなかった。

当日、台風状況を確認すると、27日には近畿地方へ接近するようなので、帰路は26日(サッカー大会の翌日)に決めた。

帰路は、新幹線で定時に自宅へ着くことが出来ました。

でも、妙なことに、台風10号が、私たちが行っていた、熊本へ接近、上陸する模様です。突然に、台風の進路が変更したようで、ビックリしました。

新商品?

フロントガラス用サンシェードである。

でも、見慣れたサンシェードとはどこか違う。

つい2,3日前にテレビのコマーシャルで見た、傘を開くようにして開閉できるサンシェードである。

折り畳みや開く操作が簡単で、欲しいなと思ってTVCMをみていた。

ところが、その商品を、先日釣りに宮津へ行ったときに、既に装着している車を発見した。

傘を開くと、フロントガラスを覆う四角形に展開する。だから、運転席で傘を開き、フロントガラスに傘を押し付ける。傘の柄は室内に伸びていて、運転席と助手席の間の小物入れなどに挿入し固定する。

傘の大きさが適切なら、写真のように、フロントガラスをほぼ蔽いつくす。畳む際も傘の折り畳み動作で一挙に行え,大変便利である。

 

 

サンシェードに近づいてみた写真である。今度、自動車パーツの店に行ったら、探してみよう。操作性が良いのでぜひ買ってみたい。

小京都散策

小京都という町は、日本全体に沢山ある。ここ兵庫県豊岡市内の出石も小京都と呼ばれているようだ。古い町並み、伝統産業で栄える町、といったところからそう呼ばれるのかも・・・。

6月16日、学生時代の友人3人と、釣り前日に但馬地方を回って楽しんだ。

 

 

出石の町のシンボル的存在の時計台である。

 

時計台の下に池があり、その周りに蕎麦屋さんが2軒ある。そのうちの1軒に入り、椀子そばを食しているところ。出石は蕎麦屋が多いので、その蕎麦はどこで作られているのだろうか、出石の周りにはソバを作っている畑など存在しないようなので、店の人に尋ねてみた。

答えは、日本のいろんな地方から購入しているそうである。今年は福井地方のソバを使っているようだ。出石ソバといっても、産地ではなく、そばを食べるところという意味だ。

椀子は5枚が最小単位で800円か900円だった。味は良かった。なにより、出石の街並みと蕎麦が合うのだろうか、景色を見ながらゆっくりと食すことができる。

前の池には、大きな鯉が一杯泳いでいる。人が近づくと寄ってくる。餌付けされている。

 

出石城に至る階段。出石城自体は車道から30~40mの高さにある。でも元々は山頂にあったようだ。それを麓まで移築したそうである。

 

昼食を済ませたのち、出石の近くにある玄武洞という名所へ向かった。ボートは対岸の山陰線の玄武洞駅から玄武洞まで渡してくれる渡し船である。

 

玄武洞である。初めての方は、洞という文字から、洞窟の中に入ることができると想像するようだ。残念ながら、人が入る洞窟は無く、洞を形作っている岩が珍しいのである。

私が最初に行ったのは、40年ほど前で、その時は、写真の洞だけであったが、この間訪れたときは、4個もあった。各洞は階段又は小径」で繋がっている。

 

玄武洞は見学者も多く、専任のガイドもいた。

 

他の洞窟へ行く途中の階段。

 

洞窟の見学を終えて、船着き場まで戻ると、お土産屋さんがあり、但馬地方の特産品が沢山販売されていた。

面白いことに、商品の価格が10分の1円の単位で売られていた。でも、1円未満の硬貨は存在しないので、購入する際に切り捨てて計算するようである。何のために、そんな煩わしいことをするのだ???

外国人が外貨で購入できる便宜を図っているのだろうか?疑問に思って店員に尋ねてみたが、要領のいい答えは返ってこなかった。

 

 

記載漏れ

ギリシャ旅行のブログ記事を終了したと一安心していた。その記事を何度か読み返している際に、1日分の記載が抜けているのに気が付いた。

アテネで2泊したのに、ブログでは1泊しかしていない記載になっている様だ。1泊目の翌日は、ミケーネ遺跡を探検してきた。2泊目の翌日はアテネ市内の観光と自由散策である。

ギリシャ旅行は、遺跡探検が主で、というか、遺跡探検ばっかしで、後の探検になるほど、前の探検の内容の繰り返しとなり、それを避けようとすると、勢い記載事項が無くなってしまう。

ミケーネ遺跡は、その前のデルフィ遺跡の繰り返しが多く、写真は異なるものの記事が類似するため、記載内容の検討に時間が掛かった。それでも、記載したつもりだったが、今読んでみると、スッポリと抜けている。記憶によれば、ミケーネ遺跡は、単独のページにせず、アテネ観光と同一ページに纏めるつもりであったと思う。

ギリシャ旅行の記憶が無くなる前に、ミケーネ遺跡の記事も追加しようと思う。

 

ミケーネ遺跡⇒ナフプリオ⇒アテネ(⇒出国)

ミケーネ遺跡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナフプリオ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アテネ

アクロポリス遺跡の入り口の門を入ったところ。

 

イロド・アティコス音楽堂を見下ろしながら上へ上へと登ってゆく。

 

ブーレの門をくぐり、プロピレア(前門)に達する。

 

アクロポリスの丘から眺める市街。

 

エレクティオンという建物。

 

アクロポリスの解説

 

エレクティオンの拡大写真。手前角に見える5体の少女像が有名らしい。いずれも複製で、本物はアクロポリス博物館と大英博物館にあるそうだ。

 

有名なパルテノン神殿である。

 

アクロポリスの丘から眺めた市街その2。小高い山がみえる。ここもなにがしかの建物が建っている。

 

 

 

アクロポリスの丘から見下ろしたところにあるディオニソス劇場

 

 

アクロポリス博物館内である。沢山遺物が陳列されてる。その一部を掲げる。

 

 

 

博物館の見学を終え、ここから3時間の自由時間が与えられた。市内を歩き回っている。

 

ガイドさんに紹介されたレストランで食事をする。ビックリするほど味が良かった。流石、現地人は美味しい店をよく知っていると感じた。

この後、集合して帰国の途についた。

デルフィ⇒アラホヴァ⇒アテネ

宿泊したホテルは山の中腹の傾斜地に建っていた。傾斜はかなり急こう配であった。そのため、ホテルは1階にエントランスがあるが、上にはなく、下に向けて2階、3階、4階…というように建てられている。2階以降の呼び方も、マイナス2階、マイナス3階というようにマイナスをつける。勿論マイナス階は、地中に存在することになる。

 

ホテル近くの眺めのいい所から下方を見た写真。樹海が広がっている。

 

デルフィ博物館、遺跡は博物館近くから山の上の方向に広がっている。

 

博物館内の陳列物。いずれも、近くの遺跡から発掘されたものだ。

 

 

 

 

 

デルフィ遺跡

 

 

ガイドさんはアゴラと言っていたように記憶している。アゴラとは集会所という意味らしいが、古代ではもっと広く、政治、宗教、文化的施設が集中していた場所を意味したようである。

 

遺跡の数々。

 

博物館、遺跡の見学を終わって、昼食に訪れた町、アラホヴァである。

地球の歩き方といったガイド本の地図には掲載されていない。取り立てて遺跡が無いせいだろう。しかし、上の写真や下の写真に見られるように、街並みの景色はギリシャで一番美しいと感じた。

 

 

 

アクロポリスの丘に建つパルテノン神殿である。ある意味ギリシャの象徴かも。

 

アテネで用を足したトイレである。便器の高さが異常に高い。私も利用できなかった。背の低い人はとても使えない。日本人の場合、多くの人が使えない。

夜景に映えるパルテノン神殿。夜は見晴らしのいいレストランへ行き、パルテノン神殿を見ながら食事をした。ただし、客が多く、音楽がうるさいので、リラックスは出来なかった。

カラムバカ ⇒ メテオラ ⇒ デルフイ

 

中央前面に見える建物は宿泊したホテルである。ホテルを出発してメテオラ奇岩頂上に向けて出発する。

 

 

メテオラ市内の道路。道路の端には多くの自動車が1列に並んで駐車している。この現象はメテオラだけでなく、アテネでもギリシャ内の都市は殆ど全て同じである。お陰で、車の通行できる幅が狭くなっている。

ギリシャには、駐車場が無いらしく、すべての車が建物の前の道路に駐車している。

メテオラ奇岩群の頂上に向けてバスを走らせているところ。

 

下から走ってきた道路が遠くに見える。奇岩を取り巻くように走るので、カーブの連続である。

 

走行途中、遠くの山が見えた。いっぱい雪を被っている。

 

奇岩の上に立つ教会である。こんな建物が沢山ある。

 

メテオラ奇岩の上から市内を見下ろす。この市内の中央部分に私たちの宿泊したホテルが見えるらしい。ガイドさんがそう言っていた。

 

大きな教会である。アギオス・ステファノス修道院である。

 

建物が建っていない奇岩もある。

でも、何故わざわざ奇岩の上に教会をたてようと考えたのであろう。現代の技術をもってしても、奇岩の上に建物を建てるのは大変なのに。昔はそれ以上だったろう。

「地球の歩き方」の解説を引用する。この地に最初に人が住み始めたのは9世紀ころらしい。人里離れた山奥で神との交信を求めるのが目的だったようである。14世紀にセルビア人がテッサリア地方に侵入してくると、大勢の修行者たちが戦乱を逃れてメテオラへやって来て共同生活を始めたようである。

奇岩の上に建物を建てるまでの説明にはなっていないが、奇岩にやってきた説明にはなっている。奇岩の上に建物を建てるのは左程難しくないのだろう。

 

 

 

 

教会へ登る途中の橋である。奇岩と奇岩の間にかけ渡してある。橋の下は深い谷間である。

 

教会に入ると神父さんが来て、みんなと一緒に写真撮影に応じてくれた。

 

奇岩群の観光を終わり、下降中。多分来た道と同じではないと思うが、若しかしたら同じだったかも。

 

メテオラ奇岩から降りて、昼食をし其処から時間ほど走って到着したデルフィである。ホテルの部屋から撮影している。細い道路の脇に車が一列になって駐車している。お陰で道幅が狭くなり、後続車は走りにくいと感じる。

 

ホテルの夕食のスープである。

 

スープの後に出てきたメニュ。きし麺のような扁平なスパゲッティと鶏肉である。味はそこそこだったかな?

 

 

 

 

デルフィの街並み。道路には夜間も駐車しているようだ。なお、写真に記されている日付は日本の日付である。現地とは7時間異なるので、若しかしたら日付も異なっているかも。

テッサロニキ ⇒ カラムバカ

テッサロニキは奇麗な街並みの都市であり、その年の中に古代建築物が沢山あった。

 

 

ガレリウスの凱旋門である。ローマ軍とササン朝ペルシャ軍の戦いでのローマの勝利を記念して建てられた凱旋門である。

 

中央の丸い建物はロトンダ。ガレリウス皇帝の霊廟として建設されたものらしい。その後、キリスト教の教会に改造された。そのため聖イオルギウス教会とも呼ばれるようだ。

 

市内にある道路標識。

 

テッサロニキ市内の景観。

 

アオギス・ディミトリオス教会である。ギリシャ最大の教会らしい。

 

教会内の礼拝堂。

 

ローマ時代のアゴラ

 

テッサロニキの港近くにあるホワイトタワー。15世紀にヴェネツィア人が築いた防壁の一部らしい。現在はビザンチン博物館として利用されている。

18~19世紀のトルコ時代は、牢獄として用いられていた。そこで大量の殺戮が行われたため「血塗られた塔」と呼ばれていた。後に塔の表面が白く塗られ、公園として整備された(ホワイトタワーの由来)。

港の風景。きれいな街並みが海の際まで迫っている。

 

近くの公園に植わっている高木。きれいな樹形をしている。

 

アレクサンドロス大王の騎馬像である。

 

公園内に設置された収納庫。誰かが全面に絵を描いている。その絵が奇麗である。

 

旅行中、利用したバスである。

 

宿泊地カラムバカから望むメデオラの奇岩である。

 

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